自殺は非難されるべきことなのか?当事者と遺族の想い

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こんにちは!虎丸娯丸です。

いつもご覧いただきありがとうございます。

早いもので、私の父が自殺してもう5年以上が経ちました。

今でこそ落ち着きましたが、未だにあの出来事は私の心に強く貼りついています。

今でも、父の死について考えをあれこれ巡らせ、その度にどうしようもなくどす黒い感情に飲まれることもまだまだあります。

今回は少し重いテーマとなってしまいますが、「自殺は非難されるべきことなのか?」ということについて、当時者と遺族の双方の立場から、私なりに考えてみたいと思います。

私の父はどうして自殺したのか

「私の父はどうして自殺したのか」というタイトルをつけましたが、私自身、未だに真相はわかっていません。

ただ、これだけはわかります。

父はとても追い詰められていたのだと・・・

私の推測では、父を苦しめていた主な原因は、「ブラック企業での過酷でな労働環境と理不尽な要求」「家事・家族サービスをしなければならないという責任感」「母方の家族と同じ家に住まなければならないストレス」「金銭面の心配事」「健康面での心配事」「自分には価値がないという強い自己否定感」だと思っています。

父の苦しみを考えると、とても胸が苦しくなります。

そして、苦しんでいた父を見殺しにしたことに対して、とても罪悪感を感じます。

私の父は、家族思いで家庭を大切にする人でした。

休みの度にと言っていいほど、私をどこかに遊びに連れて行ってくれたり、いつも自分のことは後回しにして、家族のために美味しい食べ物を買ってきてくれたり、服や物を買ってくれたりしました。

家族のためにと毎日一生懸命働いてくれて、仕事から帰ると家事までこなし、常に家族を優先にして生きてきました。

愛情いっぱいで育ててくれた父でしたが、しつけに関してはとても厳しい人でした。

人に厳しい分、自分にも厳しくもありました。

「根性」が口癖で、何でも頑張りすぎてしまう性格でした。

また、正義感が強く、間違っていると思ったことは上司相手にでも言ってしまう人だったので、上から強い圧力をかけられてしまうこともありました。

そんなことがあったせいか、父は長年勤めていた職場を辞めました。

今思えば、父の人生はこのあたりから狂ってしまったのだと思います。

無職になった父は私たち家族を養うために、就活を始めました。

しかし、当時ですでに父は40歳を超えていました。

不景気が続いた状況の中で、40代のおじさんを雇ってくれる会社はそう簡単に見つかりませんでした。

それでもなんとか働かなければと、待遇の悪いコンビニのバイトをして過酷な労働環境の中で必死に働いて私たちを養ってくれました。

そんな中で、やっと父を雇ってくれるという会社が見つかりました。

でも、これが悪夢の始まりでした。

いざ会社に入ってみると、過酷な労働環境が待っていました。

毎日残業ばかりで、代休なしの休日出勤は当たり前のような環境で働いていました。

選挙時には特定の政党に票を入れるよう、会社の人間に電話しろという理不尽な要求をされたり、何の募金なのか知らされず「募金に協力してくれ」と上から圧をかけられたので、協力したら、全部社長の懐に入ってしまったりなどという、なんとも酷い話がたくさんあったようです。

父はそれでも一生懸命働きましたが、日に日にお酒の量が増え、体の不調を訴えるようになりました。

そして、いつしか「死にたい」という言葉が口癖のようになりました。

しかし、私たち家族はその言葉を重く受け止めはしませんでした。

「仕事を休んでハワイにでも行きたい」というような、そんな軽い言葉として受け流していました。

でも、事態は深刻でした。

ある日、私が学校から帰ったときに、父がベランダに横たわっていました。

父はよくふざけて変な行動を取ることがあったので、今回もいつものようにふざけてるだけだろうと思い、「何してんの(笑)」と半分笑いながら父に話しかけました。

私は父からふざけた返答をもらえると思いましたが、父は元気がなさそうにして「お母さんには内緒にして」と言いました。

私は、父が会社をサボり、バツが悪いからベランダに横たわっているのだとばかり思っていました。

こんなときはそっとしておいたほうがいいだろうと思ったので、私は父をベランダに残し、家の中に入りました。

しかし、それは見当違いな考えでした。

父は煙草を飲んで自殺をはかったのだと、後から知らされました。

そのときは命に別状はありませんでしたが、父の心はきっともう修復できないほどに崩壊していたのだと思います。

その日、父は大事をとって救急車で運ばれ、1日だけ入院することになりました。

父は家に帰ってきてから、同居していた母方の家族に土下座して「二度とこんなことはしません」と言ったそうです。

私は父のその言葉を信じて、「死ぬことはないんだろうな」と安心しきっていました。

しかし、それは甘すぎる考えだと思い知らされました。

自殺未遂をした数日後、父はまた「会社に行く」と言って家を出ました。

少し休んでまた元気になったのだと思い、安心していました。

しかし、会社に行ったはずの父が明るいうちに家に戻ってきました。

しかも、顔に明らかに不審な傷を負って。

さすがにこのときは私も、おかしいと思いました。

会社も無断欠勤したようで、家に連絡が来ていました。

その連絡を受けた母が、父に対して責めるような口調で「会社から電話来たんだけど、仕事どうするの?」と言い続けました。

さすがにそれはまずいと思い、私は母に「今はそういうこと言わないほうがいいよ」と注意しましたが、母は聞く耳を持ちませんでした。

母の身勝手さに腹が立ちましたが、一方で私自身も「少しそっとしておけば、また元気になるだろう」という、とても甘い考えでいました。

そしてその翌朝、父は首を吊って死んでいました。

自死遺族の苦しみ

父が亡くなってから、いろいろと思うことがありました。

私は、父がいなくなるなんて考えもしませんでした。

時が経てば、また笑い合える日が来るものだと信じてやみませんでした。

自殺や精神疾患について聞いたことはあったものの、どこか遠い世界の話で、自分には一切関係のないものだと思っていました。

それが、まさか自分の身近なところで起きるなんて、本当に信じられませんでした。

幸せとは儚いものなのだと気づきました。

平穏な日々がどれだけありがたいものなのかに気づきました。

不幸は誰にでも起こりうるものなのだと身を持って実感しました。

私はあまりにも楽観視し過ぎました。

私はあましにも大切な人を蔑ろにし過ぎました。

私は深く後悔し、自責の念に苛まれました。

どうしてもっと父を気にかけてあげられなかったのか。

どうして自分のことばかりで、父の気持ちを考えてあげられなかったのか。

あのとき私が父の気持ちを深く考え、父の味方になってあげることができていたら、父は死ななくて済んだのではないか。

それと同時に父を追い詰めた会社の人間や母、母方の家族、自分に対して強い憎しみが湧いてきました。

父方の家族に対しては、本当に申し訳ないという気持ちで、心が酷く痛みました。

父を追い詰め、死に追いやった私たちに幸せになる資格はないと思いました。

これほどまでに深く反省したことはこれまでにありませんでした。

きっとこれから先もないでしょう。

でも、深く反省したからといって、父が戻ってくることはありません。

私たちは取り返しのつかないことをしてしまいました。

私はきっとこの先ずっと、自分を責めながら生きていくでしょう・・・

自殺をはかる人間の苦しみ

父がどうして自殺をしたのか、本当の父の気持ちは分かりません。

ただ、私もかつて本気で自殺を考えたことがあるので、想像することはできます。

私が死を考えたときには、どうにもならない絶望感と、誰にも理解してもらえない孤独感がありました。

毎日がとてもつらく、もう死ぬしかないと思っていました。

以前このブログで書きましたが、私はパニック障害を経験しました。

パニック障害になって私がどのような体験をしたかについては、パニック障害だった私の体験談に詳しく書いていますが、その体験は死を考えるには十分過ぎるくらいつらいものでした。

パニック障害は「時が経てばなんとかなる」というものではありませんでした。

出口の見えない真っ暗なトンネルをひたすらさまよっているような感覚でした。

どうにもならない絶望感で、私の心も体も崩壊寸前でした。

私はなんとか人にわかってもらいたいと思い、自分の身に起きていることを母や友人に話しました。

しかし、当然ながら理解してもらうことはできませんでした。

私はひどく孤独感に苛まれました。

絶望感と孤独感で溢れかえったこの地獄のような世界で生きていかなければならないと考えると、私は気が狂いそうでした。

「死んだらきっと楽になれる」「いっそのこと死んだほうが幸せになれるのではないか」そんな考えばかりが脳裏をよぎり、気がつくと「楽な死に方」についてばかり考える生活を送っていました。

最終的に、私は踏みとどまることができましたが、それは運がよかっただけだと思います。

いつ死んでもおかしくない状況でした。

ここまでが私の体験談です。

たまに、自死する人を責める人がいますが、それはとてもナンセンスなことだと思います。

もちろん、自死を全面的に肯定するわけではありません。

ですが、本人は想像を絶するような苦しみを感じている可能性が高く、本来なら、苦しみから逃れるために死んでしまおうと思うのが当たり前な状態であるといっても過言ではありません。

私はそれを否定すべき価値観ではないと思います。

世の中では「苦しみばかりの安らげる時間がまったくない世界でも生きなければならない」「生きることこそがすべて正義だ」などと考えられがちですが、私はそれに疑問を投げかけたいと思っています。

そんな思いをしてまで、無理して生きなくてもいいのではないかと疑問に思ってしまいます。

私は「つらくなったら死ねばいい」というモチベーションで生きています。

「どうしようもなくなったら死ねばいいから、それまでは頑張ろう!」

そう思うことで、乗り越えられたこともたくさんありますが、本当にだめになってしまったら、自ら命を絶つことも考えています。

「死にたい」と言うと、「生きたいのに生きられない人だっているのにどうしてそんなことを言うの?」と非難されることもありますが、生きたいのに生きられないのは人の問題であって、自分の問題ではありません。

どうしようもなく生きたい人がいれば、どうしようもなく死にたい人だって存在します。

自分の生と死のあり方を自分で決めることに対して、もっと寛容な世の中になればいいと、私は切に願っています。

あとがき

身内の自死には後悔や自責の念を抱いているにも関わらず、自分の話になると急に自死について肯定的になるのはなんともおかしな話ではありますが、自分の死と身近な人間の死について折り合いをつけるのは、なかなか難しいものですね。

このブログを書いている今でも、父が何を考えて死んでいったのか、考えずにはいられません。

私はこれからも、後悔と自責の念をこれからも背負い続けることになると思いますが、父の選択も尊重し、自分の心の中に落とし込んでいきたいと思います。

重いテーマではありましたが、最後までお付き合いいただきありがとうございました!

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