レズビアンだと自覚して変わったこと5選!

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こんにちは!虎丸娯丸です。

いつもご覧いただきありがとうございます。

前回、「成人した私がレズビアンだと自覚したきっかけ」で、私が初めて自分がレズビアンであると自覚したときの話をしました。

レズビアンだと自覚して、自分の中で変化したこともいろいろありました。

今回は、自分がレズビアンだと自覚したことで生じたさまざまな変化について書きたいと思います。

レズビアンだと自覚した後に生じた変化

レズビアンだと自覚して人生が変わったかと言われれば、大して変わっていない気がします。

ただ、ちょっとした変化は確実にありました。

どんなことが変わったか挙げてみると・・・

・女性に対して一層気をつかうようになった

・家族や親戚への隠し事が増えた

・人づきあいに慎重になった

・恋バナができるようになった

・自分に正直になれるようになった

こんな感じで、変化がありました。

1つずつ説明していきたいと思います。

女性に対して一層気をつかうようになった

レズビアンだと自覚してから、「ノンケの女性に対していろいろと気をつかわなければならない」という義務感が芽生えました。

ノンケ女性の中には、レズビアンに対して「自分が性的な目で見られているかもしれない」「襲われるのではないか」などと、不快感や恐怖感を持っている人もいると思ったからです。

できる限り不快感や恐怖感を与えないように、一緒にお風呂に入ったり、同じ部屋で寝たり、スキンシップを取ったりということがないように、気をつかうようになりました。

それはカミングアウトして受け入れてくれた人たちにも同じで、「受け入れてくれたから気にせずに振る舞っていいや」というわけにはいきません。

彼女たちは、「気にしすぎだよ」「大丈夫、気にしないよ」と言ってくれるのですが、罪悪感ばかりが募る一方です。

きっと彼女たちの善意に甘えきってしまったら、みんな離れて行ってしまうのではないかと思っているのでしょうね。

不安で仕方ありません・・・

家族への隠し事が増えた

今でこそ、社会の中でセクシャルマイノリティを受け入れようとする動きが多く見られるようになりましたが、それでもやはり、すべての人が受け入れてくれるわけではありません。

受け入れてもらえなかったときのショックは、なんとも耐え難いものだと思います。

特に家族ともなれば、そのショックは計り知れないのもとなるでしょう。

拒絶されてたとしても、赤の他人であれば、縁を切ってしまえばそれで済む話になりそうですが、家族の場合には、なかなか簡単に縁を切るというわけにもいきません。

そのため、家族にカミングアウトをするのには大きなリスクを伴います。

私は、カミングアウトして拒絶された場合のことを考えただけで不安でいっぱいになり、結果的に家族に言えずに今まで過ごしてきました。

その結果、本当の自分を見せることができなくなり、いつの間にか家族に心を閉ざすようになっていました。

自分の本当のセクシャリティを言えないという制約が加わるだけで、こんなにも自分を抑えなければならないのかと苦しい思いでいっぱいです。

その一方で、家族に自分のセクシャリティについて伝える必要もないとも思っています。

大切なパートナーができて、これから一緒に人生を歩んでいくとなったら、家族にもカミングアウトする必要があるのかもしれません。

しかし、現状でパートナーがいない私にとって、カミングアウトすることはほぼリスクしかないと思っています。

いつか、私にも大切なパートナーができるその日まで、これからも家族には秘密にしておくつもりです。

人づきあいに慎重になった

世の中、セクシャルマイノリティについて寛容な人ばかりではありません。

中には事実を知った途端、からかったり、陰口を言ったり、拒絶したりという人たちも少なからずいるでしょう。

もしカミングアウトした相手が、レズビアンについてあまりよく思っていなかったとしたら、その人との関係が悪化してしまうにとどまらず、裏切られてアウティングされたり、嫌がらせを受けてしまうことだって十分にあり得ることでしょう。

私はそれが怖くてたまりません。

そうならないためにも、自分のことを話す際には「この人なら本当のことを言っても嫌がらないだろうか」「この人は信用できる人なのだろうか」と慎重に人を見るようになりました。

そうしているうちに、嫌悪感を示しそうな人や、信用できない人には完全に心を閉ざすようになり、関係が希薄になってしまったので、交友関係が狭まりました。

一方で、セクシャルマイノリティに寛容で信用できる人には、心を大きく開くことができるようになったので、今までよりも関係が深まった気がします。

また、レズビアンだと自覚してから、人をよく観察するようになったので、人を見る目が養われた気がします。

恋バナができるようになった

レズビアンであることを自覚するまでは、恋というものを知りませんでした。

そのため、人の恋バナを聞くばかりで、恋バナを振られても話すネタがなく、いつも微妙な空気を作りだしてしまい、気まずい思いをしていました。

ただ、自分がレズビアンだと自覚してからは、「どんな人が好きなのか」「今好きな人はいるのか」など、自分の恋について話すことができるようになりました。

もちろん、自分の恋バナを話すに至るまでには、「カミングアウトをしなければならない」という関門があるわけですが、それを越えてしまえば、なんてことありません。

恋愛対象は違えど、ストレートの人たちと同じように好きな人について語ったり、ときには恋愛相談に乗ってもらうこともあります。

好きな人について情報を共有できる人がいるというのは、とても喜ばしいことだなとつくづく思います。

本当に感謝の気持ちでいっぱいです。

自分に正直になれるようになった

自分の新たな一面に気づいたことで、本当の自分が少しずつ見えてくるようになりました。

今までは本当の自分が何を好んで何を心地いいとしているのかが、よく分からずにいたため、周りの意見に流され、それを自分の意見としながら、なんとなく生きていました。

ときに違和感を覚えても、それをなかったことにして、多数派の中で安心していたかったのかもしれません。

でも、自分がレズビアンだと自覚してからは、もう多数派ではいられないのだという現実を目の当たりにしました。

その事実は、当時の私にとって衝撃的なものではありましたが、どこか吹っ切れた自分もいて、心が少し楽になった感覚がありました。

自覚できたおかげで、自分の気持ちに忠実に生きようと思えるようになりました。

レズビアンであることは幸せか否か

「セクシャルマイノリティは何かと苦労が多い」などと言われますが、私は必ずしも悪いことばかりではないと思います。

私は、自分がレズビアンであるということを自覚できてよかったと思っています。

セクシャルマイノリティはいい意味でも悪い意味でも特別扱いされがちですが、決して特別なことではない、マジョリティの人たちと大差ない存在なのだということを身を持って実感することができました。

一方、矛盾するようですが、マジョリティには見えない、マイノリティ独自の世界を見ることもできます。

それによって、自分がマジョリティだと思い込んでいたときには気づかなかったことが、マイノリティだと自覚してから気づくこともたくさんありました。

このような発見は、私にとってとても重要で貴重な体験だったと思っています。

レズビアンであるせいで不都合が生じたこともありましたが、私はまた生まれ変わったとしてもレズビアンとして産まれたいと思っています。

今回も最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!

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