パニック障害だった私の体験談

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こんにちは!

虎丸娯丸です。

いつも読んでいただきありがとうございます。

以前、パニック障害になってしまったときの対処法について書きました。

しかし、実際どんな症状があるのか、どんな状態に置かれてしまうのかなど、パニック障害がどのようなものなのかについては、まだ書いていなかったかと思います。

なので今回は、私の体験談を書きたいと思います。

ただし、ここで注意しておかなければならないことが1つあります。

・今まさにパニック障害で苦しんでいる方

・パニック障害が治りかけの方

上記に当てはまる方は、この記事は絶対に読まないでください。

なぜかというと、パニック障害の人は、とても多感な状態で、人の苦しみに共感・共鳴しやすいという特徴があるからです。

下手にマイナスな事柄に触れてしまうと、悪影響を及ぼしかねないので、まずは楽しいことだけを考えるようにして、治療に専念してほしいと思います。

まずはパニック障害だった私が完治のためにやったことをはじめとする記事を読んでみてください。

この記事は、パニック障害がどんなものなのかイマイチよくわからないという人に向けた記事です。

これから紹介するものは、私がパニック障害だったころに実際に体験したことです。

みんながみんなこのような状態であるわけではなく、あくまでも一例にすぎませんが、パニック障害になり、同じような症状で悩んでいる人はたくさんいます。

ぜひ、最後まで目を通して、パニック障害がどのようなものなのか知っていただけるとありがたいです。

パニック障害を疑うようになった出来事

ある朝、1人でごはんを食べていると、急に息苦しくなりました。

ところが、冷静になって考えてみると、呼吸ができていないわけでも、酸素が足りていないわけでもありませんでした。

なぜなのかはわかりませんでしたが、とにかく息が苦しくて、気が狂ってしまうのではないか、誰でもいいから助けてほしいと思いました。

それと同時に、この場から走って逃げ去りたいという気持ちもありました。

まだ、真っ暗な時間帯だったので、誰も助けてはくれないという恐怖感も感じました。

でも、日が昇ればこの苦しみと恐怖から逃れられると思い、ひたすら耐えました。

私が思っていた通り、辺りが明るくなり、人々が活発に動き出すと、何事もなかったかのように、私の身に起きた異常な感覚は綺麗さっぱり消えてなくなりました。

私は、一安心し、日常へと戻っていきました。

まさか、それがこれから始まる地獄の前兆だとも知らずに・・・

本格的にパニック障害が始まる・・・

「あれ?おかしい。苦しいな。」

また、この間と同じようにすぐ直るだろう、そんな考えで一時の苦しみに耐えていました。

でも、私は甘かった。

日に日に、苦しみと恐怖が増していく一方でした。

怖くて、苦しくて、私の目の前の世界が、一瞬にして絶望一色に染まりました。

どうにもならない苦しみと恐怖を目の前にして気が遠くなりました。

それと同時に、心拍数もどんどんどんどん上がっていき、落ち着いてはいられなくなりました。

叫びたい。

逃げ出したい。

助けてほしい。

私はどうかしてしまったのだろうか。

おかしくなってしまったのだろうか。

明らかにこれは異常事態だったので、真っ先に病気を疑いました。

「息が苦しい 病気」

「息ができない 対処法」

などと、検索をかけたりなんかして、何度も何度も必死になって調べました。

やがて、ある一つの結論にたどり着きました。

私はパニック障害なんだ

自分がどんな病気なのか分かれば、あとはその治し方を調べて実践すればいい。

ところが、対処法は見つかったものの、また気が遠くなってしまいました。

私が調べた中では、完治したという人に対して、未だ治療中でなかなか治らないという人の割合が圧倒的に多かったのです。

そして、治療中の人たちの体験談を読んでいるうちに、どんどん症状は悪化していきました。

治したい→ネットで調べる→体験談を読む→悪化→治したい→・・・

まさに悪循環です。

素直に病院に行けば、楽だったのかもしれませんが、病院嫌いで、薬漬けにされる可能性があるとの噂もネットで目にしていて、それに当時は金銭的にも余裕がなかったこともあって、どうしても自力で治したいという思いがありました。

誰にも頼らず、1人で何とかしようと思っているうちに、

「私には味方がいない」「私は独りなんだ」という考えが押し寄せてきて、

たった1人で巨大で得体の知れない敵と戦わなければならないと思ったら、絶望感しかありませんでした。

つらすぎて、母に私の病気のことをわかってほしいと思いましたが、私の中での母は、少しヒステリックなイメージがあったので、「病気のことを伝えて、母まで同じ病気になってしまったらどうしよう」と思い、話せませんでした。

それに、私はあまり母を信頼できなかったので、母に頼りたくないという気持ちもありました。

自分の中に苦しみを抱え込んでいるうちに、喉がつまったような感覚に襲われました。

一晩中、街中を叫び回れば、良くなると感覚的にわかっていましたが、そんなことをできるはずもありません。

何もできないまま、どんどん自分の気持ちを自分の中で押し殺していくうちに、涙まで出なくなってしまいました。

「涙を流すと、ストレスが解消されて症状が軽くなる」なんていう話を何度もネットで目にしましたが、それ以前の問題でした。

泣こうと思っても涙が出ない。

「つらい」「苦しい」という感情はいくらでも湧いてくるのに、「悲しい」という感情が湧いてこない。

そんな状態が続きました。

よく考えてみると、「悲しい」だけではありませんでした。

「喜怒哀楽」すべての感情が私の心からぽっかり抜けてしまっていました。

今思うと、あれはうつ病になりかけていたのかもしれません。

気分が沈んで、夜も眠れず、とにかく毎日がつらい思いをしていました。

早くこの苦しみから解放されたい。

楽になりたい。

そんなことばかり考えていました。

「精神疾患で自死する人がいるのも無理もないな」と思いました。

私がパニック障害だったときの症状

ひとくちに「パニック障害」といっても、症状は人それぞれ異なります。

さまざまな体験談を見てきましたが、「つらい」ということはみんな口を揃えて言っていましたが、症状は人それぞれだという印象を受けました。

その一例として、私が自覚した症状を紹介したいと思います。

・息が苦しくなった

・酸素が足りない、体に取り込めていないと錯覚するようになった

・気が狂うのではないかと思った

・夜が怖く、なかなか眠りにつけなかった

・眠ることができても、途中で起きてしまい、それから眠れなくなってしまった。

・暗闇が怖く感じた

・朝起きたときのことを考えて怖くなった

・閉鎖空間が怖く感じた

・水が怖く感じた

・冷蔵庫や氷などの冷たいものが怖く感じた

・感情がなくなった

・じっとしていられなくなった

・喉がつまっているような感じがした

・生きるのがつらいと思った

・すべてが嫌になった

思い出せるだけ全部書き出してみましたが、当時のことを思い返すと「本当につらかったな」と思います。

毎日が恐怖で、日常生活なんてまともに送ることができない状態でした。

気を抜くと得体の知れない何か恐ろしいものに付け入られてしまうのではないか。

そんな考えが常に頭の中を過り、気を抜いていられる時間なんて微塵もありませんでした。

だから、私は常に気を張っていなければならず、頭の中はいつも戦闘状態でした。

気の休まる時間はないのか・・・

もしかすると、この先の人生ずっとこの状態が続いていくのかもしれない・・・

そんな考えで頭の中はいっぱいで、それだけで気が遠くなりました。

絶望的な未来を考えては気が遠くなり、何度もパニック状態に陥りました。

息ができない・・・

気が狂ってしまう!!!

こんな状態がまだまだ続いていくのか・・・

パニック!!!

もう人生終わらせたい・・・

でもうまく死ねなかったらどうしよう・・・

パニック!!!

もう無理・・・

1日中こんな考えの繰り返しです。

もううんざりでした。

終わりなき拷問を受けているようでした。

いっそのこと殺してくれればいいのに・・・

でも、やっぱり死ぬのは怖い。

考えれば考えるほど気が狂いそう・・・

絶望のどん底でした。

本当にダメだと思った時には自ら命を絶とうと決意し、そのときのためにと一番苦しまずに、楽に逝くことのできる方法を何度も考え、ついに結論まで導き出してしまいました。

それだけ私は追い詰められていました。

生まれて来なければよかったと心の底から思いました。

自力で治そうと思ったきっかけ

そんな絶望のどん底にいながらも、生きようと思ったのは、私を心配してくれた友人の存在と、父親の死があったからです。

私は幸せなことに、物心ついたときから友人関係には恵まれていました。

自分がパニック障害になったとわかって初めて自分の苦しみを相談した相手は、家族ではなく友人でした。

私は身内に相談できる相手がいないと思っていたので、今のつらい気持ちを友人に明かし、思いの丈を全てぶつけました。

今思えば自分勝手だなと思いますが、友人は私を馬鹿にするのでもなく、咎めるのでもなく、ただひたすら私の話を聞いてくれました。

それどころか、心配までしてくれて、「いつでも話聞くから、相談して」と優しい言葉をかけてくれました。

何度も人生を終わらせたいと思いましたが、相談に乗ってくれた友人の顔が頭の中を過り、もう少し生きてみようと思うことができました。

友人にはとても感謝しています。

そしてもうひとつ、父の自殺は私に大きな影響をもたらしました。

父が自殺したとき、母はとても取り乱していました。

その様子を思い出して、「もし私も父と同じように死んでしまえば、母はきっと気が狂ってしまうだろう」と思いました。

母の気が狂ってしまうのがとても怖かった。

母のことなのに、想像しただけで自分のことのように思えてしまって、自分の気が狂ってしまいそうだった。

そう思ったら、死にたくても死ぬことができませんでした。

生きるのもつらい、死ぬこともできない。

そんな私にはもう、パニック障害を治すという方法しか残されていませんでした。

過酷な闘病生活から回復へ

まずは、うつ病も併発しそうな精神状態だったので、うつ状態を取り除くところから始めました。

喜怒哀楽の感情がなくなり、心の中にはただ「つらい」という感情でいっぱいでした。

つらくてつらくて、叫びたい気持ちでいっぱいでした。

でも叫んだりしたら、「気が狂った」「頭がおかしくなった」なんて思われそうで、とてもそんなことはできませんでした。

でも、どうしても自分の想いを外に吐き出したかった。

吐き出せば少し楽になるとわかっていたから。

そこで、その叫びたい気持ちを、心の中に秘めた気持ちを、紙に書き出してみました。

心のままに、本音で、気が済むまで殴り書きしました。

すると突然、今までどう頑張っても出てこなかった涙が滝のように流れ出てきました。

このとき、ようやく喜怒哀楽の「哀」の感情が私の元へ戻ってきました。

うつ状態は和らぎ、うつ病の危機は免れました。

これでようやくパニック障害を治すことに集中できる。

まずはパニック障害を克服するための方法を調べ、自分でできそうなことは全部実践してみました。

ウォーキング、首コリ解消のマッサージ、ヒーリング音楽、サプリの摂取、認知療法、食事療法・・・

毎日毎日ひたすら一日中、パニック障害を克服するためだけに全力を注ぎました。

ただ、闘病生活を自分ひとりで切り抜けていくのはとても過酷なことでした。

どんなに頑張っても、なかなか恐怖と不安は消えてくれませんでした。

当時、私がどんなふうに過ごしていたか少し紹介しましょう。

まだ朝日も昇らない早朝(というより夜中といったほうがいいでしょうか・・・)に目が覚めました。

起きると同時に、酸素が奪われていくような息苦しさに襲われ、気が狂いそうになりました。

暗い部屋がとても怖いです。

何も見えない感じが、密閉されたとても狭い空間に閉じ込められているような感覚になり、酸素がなくなっていくのではないかという不安と恐怖に駆られます。

パニック発作に襲われ、とても眠れる状況ではありません。

じっとしていると、周りの酸素が得体の知れない何者かに奪われてしまう気がして、狭い部屋から飛び出して、明るくて広い場所に逃げたくなりました。

狭くてくらい自分の寝室にいるのが苦痛で、とりあえずリビングに逃げたくなりました。

でも、リビングに向かう途中で母を起こしてしまったらどうしよう・・・

こんな夜中に起こされたらすごく迷惑だろうな・・・

それにリビングは父が自殺した場所だし、死んだ時間もちょうど今頃だったな・・・

そう思うとなんだか怖いな・・・

そんなことを考えていると、なかなかリビングに向かえず、自分の部屋で長い時間もがき苦しんでいました。

でも、2時間くらい経って、私ももう限界を感じました。

このままでは本当に気が狂ってしまう・・・

そう思い、リビングへ向かいました。

案の定、母が起きてリビングまでやってきました。

1人でない、誰かが一緒にいてくれるということに対する安心感で少しホッとしましたが、それ以上に変な時間に母を起こしてしまい睡眠を妨害してしまったことへの罪悪感がとても大きく、私にのしかかってきました。

私は母に対して、私のことは気にせず、すぐに寝るように促しました。

母は寝室に戻り、私は再び1人になりました。

戻ってくれてホッとしたものの、1人でいるのは、恐怖感が増大して不安なものです。

また、不安と恐怖との闘いが始まりました。

じっとしているとやっぱり怖くて仕方ないので、朝が来て母が再びリビングに降りてくるまで、私はずっとリビングの端から端まで行ったり来たりしてやり過ごしました。

結局、夜中に目が覚めてから一睡もできずに朝を迎えてしまいました。

とりあえず顔を洗おうとするも、水に顔をつけるとパニックになりそうで、怖くて洗えず・・・

仕方ないので、洗う代わりに濡らしたタオルで顔を拭きました。

喉がカラカラだったので、水分をとりたくて仕方ありませんでしたが、コップで顔を覆ったときの閉塞感と、水を飲んでいるときに息ができなくなって気が狂ってしまうのではないかという恐怖で、水を飲むだけで耐えがたい苦痛に襲われました。

やっとのことで朝食をとろうとしても、じっと座っているのが苦痛で仕方なく、一口運んでは立ち上がってうろうろし、また一口運んではうろうろし、の繰り返しで、一食食べるだけで膨大な時間を費やしました。

私が朝食を食べ終わる頃には、母は仕事へ。

また1人の時間がやってきました。

1人で部屋の中にいる時間はとても怖く、思わず外へ飛び出しました。

「日に当たりながら運動をすることは、パニック障害の回復に繋がる」という情報を得ていたので、日中はひたすら歩き回りました。

何時間も歩き回りました。

「大丈夫、大丈夫」と声に出して自分自身に言い聞かせながら歩きました。

すれ違った人たちは、私を頭のおかしなやつだと思ったことでしょう。

1人でぶつぶつ呟いていれば、奇異な目で見られるだろうことはわかっていましたが、なりふりなんてかまっていられませんでした。

それくらい必死でした。

日が沈んでしまえば、またあの不安と恐怖が押し寄せてくる・・・

それまでに頑張って歩いて、少しでもパニック障害を改善していたい。

そんな気持ちで歩き回りました。

ただひたすら歩いている時間だけが、私の心が休まる時間でした。

歩いて逃げ回っていれば、私の酸素を奪う怪物は私には手出しできない。

油断していても不安や恐怖に襲われない、安心できる時間でした。

そんな時間も長く続くわけではなく、とうとう夜がやってきてしまいました。

また、家の中という狭い空間に閉じ込められ、襲ってくる怪物から逃げられない状況に追い込まれてしまいました。

母が帰宅して少しホッとするものの、これから襲ってくる不安や恐怖を考えると気が遠くなりました。

夕飯の時間もやはり、じっと座っていることができず、立ったり座ったり。

母が「うちの子はどうしてしまったのだろうか」と言わんばかりの顔でこちらを見てきます。

自分がどういう気持ちでいるのか、今どんな状態なのか、本当は全部母に伝えたかったのですが、素直になれない気持ちと「どうせわかってもらえないだろう」という考えから、私は母に何も伝えませんでした。

母に理解してもらえない状況は、孤独感が増して、とてもつらく感じました。

やっとの思いで夕飯を食べ終わると、次はお風呂。

お湯には平気で浸かることができましたが、狭い空間である浴室は何とも息が詰まりそうでした。

お湯に浸かりながら、乱れた自律神経を整えるための深呼吸や瞑想をしようとしましたが、途中でパニックになり、失敗しました。

自律神経の乱れた人に、「深呼吸をすると良くなる」「瞑想をするといい」などとアドバイスをする人がいますが、本当に自律神経の乱れた人は、それすらままならないのだと実感しました。

お風呂から上がると、母はドラマを見ていました。

そのドラマはシリアスで、心動かされるような内容でした。

でも、私は何も感じませんでした。

正確に言うと、そのドラマにどっぷり浸かってしまうとパニックになってしまいそうで、心が動かされないようにシャットアウトしていました。

自分の心に他人の感情を取り込まないように必死でした。

ドラマが終わり、いよいよ母がリビングから寝室に向かおうとしていました。

「1人孤独に、暗い部屋の中で不安と恐怖に襲われながら、朝まで耐え抜かなければならない時間がもうやってきてしまう」という焦燥感が私を襲いました。

1人になりたくないという想いから、母にいろいろ話しかけました。

最後の悪あがきです。

でも、「いつまでも引き留めているのはダメだな」と思い、覚悟を決め、母に「おやすみ」と言いました。

1人、真っ暗で狭い寝室で朝まで耐え抜くため、寝る前にできる限りのことをしました。

鏡に映った自分に対して「大好きだよ、私」「大丈夫、私がいるから大丈夫」などと話しかけ、少しでも安心できるように自分に言い聞かせました。

寝る直前には、今日感じたことと「明日はもっと良くなる!」と言うことを日記に書き、誤作動を起こした自分の頭を少しでも修正しようとしました。

ヒーリング音楽をセットして、少しでも楽に眠りに就けるように環境を整えました。

できる限りのことは全部して、いよいよ布団に入りました。

頭の位置が低いと息苦しさが酷いので、枕の下に布団を敷いて、背中ごと頭が高くなるように調整しました。

やっぱり暗いのはとても怖い。

じっとしているのも怖い。

息が苦しい・・・

次目が覚めるときは、息苦しさで飛び起きるのだろうか・・・

怖い・・・怖い・・・怖い・・・

布団に入って数時間が経過。

ようやく眠りに就け、私の苦しくてつらい、長い1日が終わりました。

毎日こんな日々の繰り返しでした。

今まで生きてきた中で一番つらく、過酷な日々でした。

もう一生こんな体験はしたくないと思いました。

もし、もう一度パニック障害になってしまったらと考えると、正直「絶対にまた克服できる」と自信を持って言うことができません。

今の私がいるのは、当時の私が根気よく毎日コツコツと、克服に向けて全力で時間と労力を注いだからだと思います。

パニック障害の症状は、治療を始めたその日からパッと消えるものではありません。

コツコツと生活習慣を変え、環境を変え、思考を変え、そうした日々の積み重ねで、徐々に徐々に改善していくものです。

完全に症状が消えるまで、早くても数か月はかかります。

長いと何年も何十年もかかる場合もあります。

もちろん、きちんとした改善策をとらなければ、治らないという人もいます。

そんな中で私は3ヶ月で症状がほとんど消え、本当にたまに不安と恐怖に襲われることがありましたが、1年経った今ではすっかりそんな生活とは無縁だと言える生活を送れるようになりました。

本当によかったと思っています。

本当によかった・・・

克服のヒントを与えてくれた人、話を聞いてくれた友人、その他支えてくれた人に感謝でいっぱいです。

この場を借りてお礼を言いたいと思います。

本当にありがとうございました。

まとめ

いかがでしょうか。

パニック障害がどのようなものか、少しは理解していただけたでしょうか。

自分がつらい想いをした分、これ以上、他の人にはこんなつらい想いをしてほしくないというのが私の願いです。

どうか、周りにパニック障害で苦しんでいる人がいたら、優しく見守ってあげてください。

求められたら、できる限りの範囲でいいので、手を差し伸べてあげてください。

今苦しんでいる多くの人が、苦しみから解放されますように。

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